Webマガジン■AH!■

北陸5支所(新潟、長野、富山、石川、福井)の建築・まちづくり等に関する話題をお届け

AH! vol.57 - 2017/01/06《from 新潟支所》

長聡子/新潟工科大学工学部建築学科准教授

□空き家改修の経緯と概要
現在、空き家の増加は社会的課題となり、その適切な管理や有効活用に向けた様々な取り組みが全国各地で起こっています。筆者らも、新潟県柏崎市(人口8.6万人)で、空き家を学生シェアハウスへリノベーションする事業に、住人となる大学生や関係者らとともに取り組んできました。この事業は、2015年9月に柏崎市内不動産業者から筆者への空き家活用に関する相談から始まりました。その頃、空き家を第三者が介入してリノベーションし、新たな居住者・利用者ニーズを掘り起こすという事業形態(図1)は、市内や新潟県内ではほとんど類例がありませんでしたが、全国的には北九州市を中心とする「リノベーションスクール」などで提唱されている同手法を援用することとしました。
改修対象物件は柏崎駅南口近くに立地し、大学行きバスの停留所もすぐそばにある、学生にとって大変利便性の高い場所でした。築35年、木造2階建て、以前は企業の単身者用下宿として使われていたものの、ここ数年は空き家となっていました。延べ床面積約315m2、1階に共用の台所兼食事室、風呂、トイレと個室6室があり、2階に共用のトイレと個室8室がある間取りでした(図2左)。この物件を大学生が魅力的に感じる空間にするため、1階の個室群の壁を取り払い大空間のシェアリビングとシェア作業スペースへと改修し(図2右)、2階は部屋の構成を変えずに8室の個室のまま床材を畳からフローリングへと改修することとしました。1階を共用スペース、2階をプライベートスペースと完全に機能区分することで、共同生活の中でもプライバシーを守りやすい構成にしました。


図1 空き家改修の関係者と事業スキーム

図2 改修前の1階平面図(左)と改修後の1階平面図(右)

□学生によるセルフリノベーション
住人となる学生たちと筆者とで改修プランを検討し、その後、構造強度や施工性、費用の観点から工事を担当する大工職人と調整やプランの修正を重ねました。大方のプランや使用建材等を決定したものの、学生たちの経験不足による詳細イメージ構築の限界と、改修工事特有の既存建築物の仕上げ内部の状況を正確に把握できないことが影響し、プランの細部を詰め切るところまではいかないまま、12月後半から着工することとなりました。大工職人指導によるセルフリノベーション工事は3月上旬まで続き(写真1)、その間、学生たちは授業の合間や放課後、休日などの時間をやり繰りして作業にあたりました。完成後すぐに学生たちは入居し、住み始めました。

学生によるセルフリノベーションを通じて得られた効果と課題について、簡単にご紹介します。

【工程・工期・労務】
学生が労務を担う分、職人が担う労務量は減ったものの、作業内容や道具の使い方などを指導する時間が余分にかかり、工期は職人だけで実施するよりも20%程余計にかかったとのことです。なお、大工職人が、工程の中に指導に要する余裕時間を事前に考慮してくれていたお蔭で、工期延長等の問題は未然に防ぐことができました。

【品質管理】
知識や技術、経験の乏しい学生によるセルフリノベーションに、職人並みの品質を求めることが難しいのは言うまでもありません。今回の現場では、職人でなければ対応の困難な作業と学生でも対応できる作業または繰り返しによって身に付く技術を、大工職人がその時々で臨機応変に判断されたため、両者ともに待ち(空き)時間を生むことなくスムーズに現場運営がなされました。

【学生への教育効果】
学生たちのほとんどが、建築現場での作業に初めて取り組み、作業開始当初は道具の使い方もままならない状態でした。しかし経験を積むごとに作業効率が上がり、職人からの簡単な指示だけで自主的に作業を進められるようになっていきました。建築技術や知識を身に付けただけでなく、現場運営や予算管理にも触れる貴重な機会になりました。



写真1 学生によるセルフリノベーション工事風景

□入居後の波及効果
当物件の入居条件のユニークな点の一つは、内装を自由にDIYでき、退去時の原状復帰を求められないことです。改修工事に携わってきた入居学生たちは、入居と同時に壁の塗装等を始めていました(写真2)。改修工事に従事する中で得た知識や技術が効果的に活かされています。
また、工事期間中や完成後に、地元の様々な人が当事業に興味を持って訪ねて来られることも多く、学生たちが地域の人たちと交流する機会も増えました。この交流を発端に、学生が地元のイベントの手伝いに行ったり、地元の人が学生シェアハウスのシェア作業スペースを利用してイベントを開催されたり(写真3)と、学生と地域とをつなぐコトが色々と展開され始めています。
このような学生と地域とがつながる波及効果も、事業計画当初から狙っていたことではありますが、両者が大きな負担と感じることのない範囲、スピードで、ゆっくりと地元に根付いていって欲しいと思います。


写真2 廊下の壁のペンキ塗り風景

写真3 シェア作業スペースでのイベント開催風景

参考文献
長聡子:空き家改修におけるセルフリノベーションの実態と課題-新潟県柏崎市の学生シェアハウスを事例に-,日本建築学会北陸支部研究報告集,第59号,2016年7月