《新潟》きなせや下町~学生が参画するまちづくり~
AH! vol.58 - 2017/04/05《from 新潟支所》
松井大輔/新潟大学工学部建設学科助教
□きなせや下町とは
信濃川河口の左岸に位置する新潟市下町地域は、旧小澤家住宅をはじめとした町屋が多く建ち並び、かつての湊町新潟の風情を今に伝える歴史的市街地です(写真1)。一方で、郊外への人口流出や空き家の増加、商店街の衰退などの課題が表出している地域でもあります。
新潟大学工学部建設学科建築学コースでは、学部3年生が受講する「都市計画・デザイン演習」を通して、約15年に渡って下町のまちづくりに関わってきました。当初からPBLの形式を取り入れ、地域住民に対してまちづくり提案を行ってきた点が特徴です。平成24年度からは一方的にまちづくりを提案するのではなく、提案したまちづくりを学生と住民が一緒に実践し、地域課題を解決するという取り組みを始めました。その成果発表の場が「きなせや下町」です。
当初、下町の地域課題としては「①マネジメント組織の設立」「②景観保全の制度確立」「③夜間景観の演出」「④空き家の活用」「⑤地域情報の発信」を設定しました。きなせや下町では、この5つの地域課題について改善策を提案するほか、例えば課題③については旧小澤家住宅のライトアップ、課題④については旧小澤家住宅におけるカフェ運営など実践的な課題解決にも取り組みます。当日の運営はもちろん、道路占有許可や臨時営業許可などの事前準備も学生が行います。これらの実践を経て、学生は自分たちの提案を実現するために必要な手続きや社会的制約について学んでいきます。
□地域への波及効果
取り組みを継続することによって、初期に挙げた地域課題は少しずつ解決されてきました。例えば、「①マネジメント組織の設立」については学生が組織構成や規約案などを提案し、これを受けた住民が平成26年度に「旧小澤家住宅周辺の歴史的町並みを考える会(以下、考える会)」を設立しました(写真2)。この考える会は、地域住民が先に挙げた地域課題を解決していく際の推進組織になっています。「②景観保全の制度確立」という課題については、平成24・25年度に学生が景観形成のガイドライン案を提案し、これを受けて考える会が新潟市の「なじらね協定」制度を導入しました。現在までに2軒の建物が修景され、その修景案に対して考える会が助言しています。また、今年度からは「③夜間景観の演出」についても、考える会が主催する「湊下町展-町灯篇-」として実施規模を拡大し、学生から地域へと主体がシフトしました。
このように、下町では学生による提案・実践が地域に浸透し、徐々に地域住民による自立したまちづくりへと展開していく変化を見ることができます。
□今年度のきなせや下町
最後に、5回目となる今年度のきなせや下町について報告したいと思います。今年度は、ライトアップの規模拡大とカフェにおける伝統文化との繋がりの強化が特徴でした。
湊下町展-町灯篇-と連携したライトアップは、旧小澤家住宅を含む9軒の歴史的建造物を投光器で照らし、2本の小路に行灯を設置して幻想的な風景を作り出しました(写真3・写真4)。旧小澤家住宅で営業したカフェでは、伝統文化を体験できる仕組みとしてお茶たて体験や茶臼の説明などを空間に取り入れています(写真5)。さらに、新潟蒔絵の体験を通して学生がおしぼり受けを作成するなど、下町の伝統工芸との繋がりも作り出しました。今年は、事前に各メディアに取り上げていただいたこともあり、例年以上に多くの方にお越しいただきました。
以上のように、学生が下町のみなさんに支えていただきながら、下町のまちづくりに積極的に関与してきたことで、きなせや下町を開始した当初の課題については、一定の成果を得られました。この5年間の変化を踏まえて、来年度からは学生と地域の関係を再構築する予定です。学生は演習を実施する一定期間しか、まちに関わることがありません。しかし、そんな学生達がまちづくりに参画することで生まれる地域の変化もあります。この変化のキッカケになることを意識して、これからも下町に関わっていきたいと思います。