《福井》福井の地から建築史・建築論研究を考える:「渡部貞清とイタリアと近代日本」開催報告
AH! vol.59 - 2017/07/06《from 福井支所》
市川秀和/福井工業大学工学部建築土木工学科教授
日本建築学会北陸支部福井支所主催
2016年度「第4回 福井の地から建築史・建築論研究を考える」
記念講演会・シンポジウム「渡部貞清とイタリアと近代日本」
□ 日 時:11月26日(土)午後2時~午後5時半
□ 場 所:アオッサAOSSA6階605研修室
□ 記念講演会・講師:松本静夫(建築史家、元福山大学教授・工学博士)
□ コメンテーター:水上優(兵庫県立大学)、下川勇(福井工業大学)
□ 参加者:20名
これまで森田慶一・増田友也の建築論をめぐる一連のシンポジウムを受けて、今年は、この建築論的思索を受け継いだ渡部貞清(1918~2011)を取り上げ、かかる研究射程としてのイタリアと近代日本をテーマとして企画し、この記念講演に元福山大学教授・松本静夫氏をお迎えした。
松本氏は、京都大学での学生時代に、渡部貞清のイタリア・バロックに関する博士論文公聴会(1968)を拝聴した思い出から語り始められた。渡部によるベルニーニやボッロミーニへの熱い眼差しに魅せられ、イタリアのバロックからルネサンスへと建築思潮研究に着手された松本氏は、まもなくヴェネチア建築大学へと留学された(1977)。そして当地で探究していく過程で、初期ルネサンスの建築理論家として名高い「フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ」と遭遇し、その大部の著作(手稿)を手にした時の状況を印象深いエピソードを交えながら話された。こうして松本氏のマルティーニ研究は、帰国後10年以上の研鑚を経てまとめられ、九州大学・前川道郎先生の下で1990年に工学博士を授与された。マルティーニ建築論は、都市・城塞と聖堂、住居などが人体とのアナロジーから、その独特なプロポーション論とコスモス論によって制作術へと齎されるところに最大の特色があり、さらにレオナルドやアルベルティ、ブラマンテに共通する「万能の人」の世界観へと到達することなど、松本氏の美しいスライドを使った丁寧な説明に、会場の参加者はイタリア・ルネサンス固有の知性へと引き込まれた。さらに松本氏は、フランチェスコ・コロンナの『ポリフィーロの愛の夢』をめぐる難解な建築論的読解を紹介しつつ、建築家や芸術家、知識人らに見出される「夢想・想像(創造)・理想」の人間的営みを根源的に問い究め、なおそれが近・現代へと深く通底する歴史的意義を強調された。
そして後半部で松本氏は、福山大学在職中の2001年に発足させた「近代建築福山研究会」を紹介され、福山出身の有名な建築家・武田五一、田辺淳吉、藤井厚二に関する多彩な内容を論じながら、この一地方都市で展開した15年に及ぶ地道な研究活動の持つ意味や役割について力強く話された。
この後のシンポジウムでは、松本氏と親交のある下川勇氏と水上優氏が、それぞれにイタリア・ルネサンスと近代福山について活発な討論が繰り返された。このディスカッションの中で松本氏は、今後の新しい建築論研究の一つの切り口として、西洋の論理「ロゴスlogs」と東洋の論理「レンマlemma」を結び付ける視座の有効性を示唆された。これは、森田慶一から増田友也への建築論的思索を解き明かし、かつ新たな可能性を開く上で極めて重要な指摘であると、真摯に受け止めねばならないであろう。
当日は、地元の福井だけでなく、北陸各地や関西方面からもご参加をいただき、イタリア・ルネサンスと近代日本の建築思想を対比する刺激的な内容となりました。ご協力いただいた皆様に深謝します。
さらに来年度は第5回を迎えることを機に、若手の研究者や学生が主体となった新たな企画内容へと進展することを目指し、北陸・福井から建築論の思索をさらに発信していきたいと考えています。