Webマガジン■AH!■

北陸5支所(新潟、長野、富山、石川、福井)の建築・まちづくり等に関する話題をお届け

AH! vol.93 - 2026/4《from 富山支所》

萩野 紀一郎/富山大学芸術文化学部 准教授

 本企画は、2025年10月4日(土)に開催され、富山や石川だけでなく関東や関西から、中学生、大学生、建築家、ヘリテージマネージャー、構造設計者、施工者、行政関係者、画家など多様な18名、地元の塗師屋、医師、民宿経営者、建築家など6名の講師が参加した。10時に現地集合し、昼食をはさみ16時半頃まで、輪島のまちを歩きまわり、以下のプロジェクトや地域を見てまわった。

①大﨑漆器店
 江戸末期創業の老舗の塗師屋である。塗師屋は、100を超える工程を担う地域の職人をまとめ、製造から販売までを責任をもって行うプロデューサー的な存在である。かつて多くの塗師屋は、表通りに面する町家を住まいや接客空間とし、奥の方にある塗師蔵と呼ばれる土蔵を上塗り場や収蔵庫、土蔵の前のトマエで下塗りや下地処理を行っていたので、「住前職後」といわれている。
 大﨑漆器店は、2007年の地震で塗師蔵の土壁が崩落し、全国から駆け付けた左官職人の協力で塗師蔵を再生した。表通りに面する主屋も被災し、耐震補強が施された。その主屋は、大正末期から昭和初期に建てられ、2007年に補修されたが、基本的には竣工当時の様子をとどめており、2014年に国の登録文化財に指定された。2024年の能登半島地震では、主屋と奥の塗師蔵を除いて完全に倒壊した。2024年には倒壊した建物から漆器をレスキューし、2025年春に倒壊した部分の公費解体が行われた。
今回の見学会では、4代目当主の大﨑四郎氏が、大﨑漆器店および輪島塗の歴史や現況を説明し、輪島で伝統的な建物が残る唯一の塗師屋として、なんとしても再建して塗師文化の伝統を継承していくという強い決意を話してくれた。また、主屋の保存再生を担当する森本英裕氏、全体の再建計画を担当する萩野紀一郎が、現場を案内し、今後の修復再建計画を説明した。主屋は、登録文化財と復興基金の補助を受け、2025年度は調査設計と仮補強を行い、2026~27年度に修復工事を行う予定とのこと。また、塗師屋全体も今後設計を進め、なりわい再建支援事業を活用して再建予定とのこと。


写真1:大﨑漆器店、傾いた主屋の前に集合


②ごちゃまるクリニック/わじまティーンラボ/(仮称)コミュニティBASEうるしばら(現、らいか堂)
 医師である小浦友行・詩夫妻は、能登半島地震前から、地域医療活動やこどもの居場所づくりに取り組んできた。能登半島地震ではクリニックやラボの建物が被災しただけでなく、被災された方々のケアに奔走された。その上、9月の水害でも床上浸水などの大被害を被った。被災後、地域にひらかれた多世代交流の重要性を再認識し、クリニックやラボの向かいの空き家を購入し、日本財団の「みんなの憩いの場」整備計画の助成をうけ、改修プロジェクトに着手している。
今回、小浦詩先生に、地域医療から子供の居場所、多世代交流にいたるまで多様な活動の概要をレクチャーしていただき、らいか堂の改修設計を担当する建築家の山本周氏に、プロジェクトの解説をいただき、現場を見学した。木造2階建ての住宅が完全に持ち上げられ、基礎工事の段階であり、揚げ屋工事現場を見る貴重な機会となった。


写真2:ごちゃまるクリニック、修復工事後のクリニックで小浦詩先生によるレクチャー


写真3:(仮称)コミュニティBASEうるしばら(現、らいか堂)、揚げ屋工事中の現場を見学


③朝市・本町地区
 その後、朝市が行われていた本町地区まで散策し、能登半島地震の火災で焼失し、その後の公費解体で更地が広がっている様子を見学した。輪島市は、朝市の復活を復興のシンボルと考えているようだが、防災や地権など課題は山積みで、まだまだ時間がかかりそうである。
本町地区でわずかに焼け残った地区の住民である小浦夫妻は、本町地区の方々と任意団体「はしっこほんまち」を組織し、多世代の人が集まる遊び場づくりにも着手し始めている。小浦詩先生からその活動の説明を伺い、仮設集会所にて、富山大学萩野研究室の学生が卒業研究制作で製作した被災前の本町地区の模型を見学した。

④民宿深三
 「民宿深三」は、軸組から床や天井まで拭き漆で仕上げられた最も輪島らしい小さな宿である。能登半島地震で地盤が大きく傾き、築25年の民宿客室棟は、土台から上の木造部分は比較的しっかり建ってはいるものの、高い部分から低い部分まで約10㎝ほど大きく床が傾いた。また、かつて住宅であった古い建物は一階部分が大きく倒れ、隣家に寄り掛かるように倒壊し、その部分は2024年夏に緊急解体されていた。
今回は、オーナーの深見大さん、改修設計を手伝う萩野紀一郎から説明を受け、傾いた民宿客室棟の内部を見学させていただいた。なりわい再建支援事業を活用して、民宿客室棟の傾斜修復工事と、厨房や収納の一部増築を施して再建を模索しているが、地元工務店は全く身動きとれず、遠方の工務店からの見積は高く、まだ着工できず、営業が再開できないままである。


写真4:民宿深三、床が傾いた民宿客室棟を見学


⑤谷川醸造
 明治時代に創業し、大正時代から醤油づくりを行い、輪島の人たちに親しまれてきた谷川醸造。能登半島地震で、木造の醤油蔵が大きく倒壊した。2024年5月に、醤油を熟成する木桶がレスキューされ、その中で再利用可能な木桶ふたつを保管し、醤油蔵が再建されるまでの間にも、仕込みや熟成だけでもできるように、2024年夏から木桶の仮小屋づくりが始まった。地元の工務店が身動き取れないため、富山大学萩野研究室を中心に、名古屋の中村武司棟梁の指導のもと、横浜国大、東京大などの学生や建築家によるワークショップ形式で、ようやく2025年夏に完成した。ここでは古材活用が試みられ、2007年の地震で解体保管されていた土蔵の柱が再利用され、倒壊した醤油蔵の下見板、階段、傷んでいたため木桶のスギ板が再利用されている。


写真5:谷川醸造、木桶仮小屋を見学


 以上、今回の見学会では、復興に向けて格闘している具体的な事例を見ていただき、空き地が多くなった輪島のまちを歩き、復興のありのままの状況を、肌で感じていただけたのではないか。
 富山から参加してくれた中学生の親からは、以下の感想を寄せていただいた。「娘は、補助金があっても何割かが自己負担であることを理解し、本当にかわいそうだと、帰りの車中で多くの感想を話していた。建築家さんたち、みんなかっこよかった。わたしもなろうかな、なんてセリフまで飛び出し、とてもびっくりし嬉しく思いました。」
 また遠方から参加された方から、以下の感想をいただいた。「お会いした皆さんをはじめとする能登内外の住民、専門家、学生などたくさんの人が復興に力を合わせていらっしゃることに胸を打たれ、苦難にあったときの人や地域の強さというものの断片を感じることができました。」
 報道などでは、「復興が遅れている」とよく言われている。たしかに、今回見学したプロジェクトも時間がかかっているのは事実である。しかし、それだけの時間を無駄に使っているのではなく、一歩一歩進めていくには、どうしても時間がかかってしまったのである。ひとりの被災者として、また、復興に関わるものとして、個人的な見解ではあるが、急いで結果を追い求めるのではなく、ある程度時間がかかっても今回のように多くの方と共有して意見交換し、試行錯誤する復興のプロセスこそ重要なのではないかと再認識させられた。