Webマガジン■AH!■

北陸5支所(新潟、長野、富山、石川、福井)の建築・まちづくり等に関する話題をお届け

AH! vol.86 - 2024/7《from 富山支所》
森本 英裕/レトロフィット合同会社 代表
      早稲田大学理工総研嘱託研究員

一次調査の概要
 令和6年(2024)1月1日16時10分に発生した「令和6年能登半島地震」を受け、富山県における歴史的建造物の被災調査(ドクター事業)が3月より開始された。
 この事業は、独立行政法人国立文化財機構 文化財防災センターが、建築物を中心とした被害状況を把握し、必要な対策などに活かすために1次調査が必要であることを富山県へ提案、富山県がそれを受け、実施へと至ったものである。実施にあたり、被災建造物調査の協定を締結している3団体、日本建築学会(富山県担当)、日本建築家協会(北陸支部担当)、日本建築士会連合会(富山県担当)に協力を要請して県内外の専門家・実務経験者による調査団が結成された。
 富山県における現地調査は、3月3日(土)、4日(日)の氷見市から始まり、5月の中旬までに射水市、富山市、滑川市、魚津市の1次調査(部分的に2次調査)が実施された(写真1)。


写真1 調査説明会の様子


 調査対象は、日本建築学会歴史的建築総目録データベースに掲載されている、各市内の歴史的建造物、主に国、県、市指定文化財、富山県緊急民家調査、富山県近世社寺調査、富山県近代化遺産(建造物等)総合調査、富山県近代和風建築総合調査の報告書に掲載された建造物とされた。
 調査にあたっては、日本建築学会歴史的建築DB小委員会が作成し、運用している「災害調査システム」が全面的に使用された。これは、歴史的建築総目録データベースと連動して、歴史的建造物の被災調査を迅速に行うためのシステムで、東日本大震災、熊本地震などの経験を経て開発されたものである。このシステムによって、調査員は現地からオンラインで直ぐに被害状況と撮影した写真を登録することが可能となっている。また、県内外の調査員を対象とした事前打ち合わせについても、適宜オンラインにてミーティングが行われるなど、オンラインをベースとした調査のサポート体制がとられた。

一次調査の実施と今後
 一次調査は検討の結果、ドクター派遣要請のあった市町村を対象として実施された(震度5強を観測した地域では、富山市・氷見市・射水市、震度5弱を観測した地域では滑川市、震度4を観測した地域では魚津市)。
 調査においては、3団体に所属する歴史的建築の専門家、実務者数十名(未統計)が調査員として参加した。各調査に当たっては、対象地域の行政の協力のもと事前に作成した調査担当地域の一覧表を元に、調査班がそれぞれの担当エリアを決定した。調査班は、所属団体を跨いで2~3名を目処に一グループとして調査が行われた。
 調査の結果については、本レポートでは簡単に触れる程度に留めておきたい。地域としてはやはり能登に近く、震度5強を観測した県北部の射水市や氷見市に大きな被害が見られ、調査対象の半数以上建物に被害が生じていた。石川県と比較すると軽微であるものの、多数の建物に屋根瓦の落下・ズレ、土壁の剥落、不同沈下による軸部の不陸、組物のズレや落下、基礎の亀裂、礎石のズレなどの被害が見られた。その他、土蔵の倒壊、石垣や石灯籠の倒壊が多く見られた。
 また、調査対象の中には公費解体を申請中のものも見られた。特に未指定・未登録の建物については所有者の価値判断が難しく、また行政の目が行き届きにくいこともあり早急に被害状況を把握する必要がある。一つでも多くの歴史的建造物を残していくための継続的な調査、ドクター事業を契機とした専門家の協働と技術的な検討、そして所有者への適切なサポートが求められている。

被害の様子


写真2 土壁の剥落、基礎の亀裂


写真3 不同沈下による軸部の不陸


写真4 組物のズレや落下


写真5 基礎の亀裂、礎石のズレ