《石川》令和6年能登半島地震における文化財ドクター派遣事業
AH! vol.86 - 2024/7《from 石川支所》
山崎 幹泰/金沢工業大学建築学部建築学科 教授
2024年1月1日に発生した能登半島地震により被災した文化財等に対する救援要請が、石川県、富山県、新潟県より文化庁に対して提出された。それを受けて、被災文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)と被災建造物復旧支援事業(文化財ドクター派遣事業)が、文化財防災センターを事務局として現在実施されている。
文化財ドクター派遣事業は、国指定等以外の文化財建造物を主な対象として、応急措置及び復旧に向けて専門家を派遣し、技術支援等を実施するものである。災害時における歴史的建造物の被災確認調査および技術支援等に関する協力協定締結団体(日本建築学会、日本建築士会連合会、日本建築家協会、土木学会、国立文化財機構文化財防災センターの5団体)がその構成員となって、各県内の会員を中心として活動を行っている。
調査対象は、「日本建築学会歴史的建築総目録データベース」に記載されている歴史的建造物のうち、国指定文化財を除く、県市町指定、国登録、未指定文化財である。これらは、今後修理を行う上で、十分な支援が受けられない可能性がある建造物である。
調査にあたっては、日本建築学会歴史的建築DB小委員会が管理・運営している「災害調査支援システム」を使用する。これは、歴史的建築総目録データベースと連動して、歴史的建造物の被災調査を効率的に行うためのシステムで、東日本大震災、熊本地震などの経験を経て開発された。調査対象は、歴史的建築総目録データベースのデータを元にリスト化され、調査員はリストより調査対象を選択して、被害状況と撮影した写真を登録する。パソコン、スマートフォン、タブレット端末ともに対応しており、現地で情報を入力でき、後日PCで内容の追加修正、編集などを行うことも可能である。
一次調査は、外観目視によって被害状況の判定を行う。調査項目は、柱の傾斜、基礎、壁、屋根瓦など8項目と総合判定からなり、被害なし、一部損壊、半壊、大規模半壊、全壊から選択し、外観写真とともにシステムに登録する。通信環境は必須であるが、現地で建物を確認しながら情報を入力できることは、作業効率の向上と現地での確認漏れを防ぐことができ、入力データがリアルタイムで参照できることにより、作業の重複を防ぎ、判定を平準化することができるメリットがある。
二次調査は、所有者・管理者の許可を得て敷地内・建物内に入って調査を行い、一次調査の項目についてコメントを追加するとともに、応急処置の必要性や対処方針を含む所見、文化財的価値なども記入できるようにしている。当初は、一次調査を被災地全域で行ってから、被害状況などによって対象を選択し、二次調査を実施することを予定していたが、今回の能登半島地震では、被害が大きく早急に対処が求められる建物が多数あるため、救援要請があった建物の二次調査を優先して行い、並行してその周辺の建物の一次調査も行う形で実施している。
発災当初は、現地の調査受け入れ体制も整わず、調査着手に約2ヶ月を要した。2024年6月1日時点で、石川県の調査候補1,300件余りのうち、一次調査が約640件、二次調査が約110件完了した。様々な要因により解体撤去が進んでおらず、5ヶ月が経過した現在でも、発災直後のままの建物が残り、調査記録ができることに、複雑な思いもある。
未調査の多くは、珠洲、輪島、能登町、穴水町の奥能登4市町に残る。一方で、三次調査にあたる技術支援調査に着手する必要性に迫られている。この調査は、具体的な修理方針と概算見積もり額を提示することで、所有者・管理者に建物を修理し、保存していただくことを後押しすることを目的としている。今後、この地域の歴史的建造物を守るためには、具体的な修理方針だけでなく、修理費用の補助、工事業者や技術者の手配、長期的な建物の利活用など、多くの問題を解決しなければならない。
本会会員皆様のさらなるご協力を、ぜひともお願いしたい。