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AH! vol.85 - 2024/4《from 石川支所》

山岸 邦彰/金沢工業大学建築学部建築学科 教授
      日本建築学会 北陸支部 石川支所長

 この度は令和6年能登半島地震において亡くなられた方に対して深く哀悼の誠を捧げると共に、被災された方に対して心よりお見舞い申し上げます。
 日本建築学会北陸支部石川支所長として、また同災害連絡部会部会長として一言申し上げます。
 元旦早々、石川県に試練が突き付けられました。2020年12月頃から奥能登を中心に群発地震が発生し、2022年6月にはマグニチュードM5.4、2023年5月にはM6.5の地震が発生しました。2023年の地震が本震と思いたかったところでしたが、今年2024年1月1日にそれを遥かに上回る地震が発生しました。今回のM7.5の地震の震源域の長さは約150 kmと考えられており、内陸型の地震としては1891年濃尾地震以来の規模です。一連の地震が同一の震源域によるものかは今後の研究によりますが、今から17年前の2007年能登半島地震との関連性も気になるところです。通常の大地震であれば、余震はあるものの同一の震源域で同規模以上の地震は発生しないものです。しかし、これが最後の地震である、とは言い切れません。
 このような一連の地震が起こったことを前提に、多少の雑感を述べたいと思います。


図1 2007年と2024年の能登半島地震の余震分布


岡村行信ほか: 第五報 能登半島北部沿岸域の構造図と令和6年(2024年)能登半島地震の余震分布, 産総研地質調査総合センター, https://www.gsj.jp/hazards/earthquake/noto2024/noto2024-05.html


①M7.5直下地震を想定
 これからの設計は、M7.5程度の地震が直下に発生することを考慮しなければならない、ということです。気象庁や防災科学技術研究所の地震観測結果を見れば、現行の耐震設計が想定する地震動レベルを遥かに超える地震動が発生したことは明らかです。すなわち、観測地震動から得られる地震力と設計用地震力との差異が顕著です。このことは1995年兵庫県南部地震から言われ続けているのですが、現行の耐震基準で設計された建物の被害が少ないという経験則から耐震規定の大幅な見直しが行われませんでした。しかし、このような事実がある以上、直下M7.5においても事業継続、生活継続が可能な建物を構築しなければならないことは必定でしょう。建築物も財産ですので、国民の財産の保護を謳う建築基準法第一条が遵守されなければなりません。


図2 珠洲(正院)、穴水の観測波形の擬似速度応答スペクトル


②耐震性の低いものはやはり駄目
 報道はセンセーショナルな被害を捉えがちですが、被害が少ない、または一見して無被害と見られる建物にも注目する必要があります。奥能登地域は木造が主ですが、私が調査した範囲では2000年を境として建物の被害が顕著に異なっています。また、公共施設などの鉄筋コンクリート構造の建物は不同沈下したものはありましたが上部構造はほとんど損傷を認められませんでした。1981年のいわゆる新耐震以降の建物はもちろんですが、耐震補強を行った旧耐震建物もほとんど損傷がありませんでした。おそらく、建物の損傷が進み、長周期化した建物の被害が大きかったものと思われます。すなわち、今回の地震では耐震壁やブレースの多い強度型の建物の被害が少なかったと思われます。強度が低い、または、ねばり(靭性)が低い建物は耐震性が低い建物はやはり被害が多発した、と考えられます。現行設計では靭性に期待したものが多いのですが、設計上ではなく、本当にその靭性を期待できるのか、再考する必要があります。


図3 被災地域に建つ外見上被害がほとんどない建物


③新たに突き付けられた課題:地盤変状
 地盤が大きく変形する地盤変状による建物被害が多く見られたことも今回の地震の特徴です。地盤変状の典型的なものとして砂地盤の液状化が挙げられますが、地盤の崩壊に伴う建物の落下や損傷も今回の地震被害の特徴です。一般的に、液状化が予想される地盤に対しては液状化対策工を施すことにより地盤面が水平であることを仮定して設計されます。しかし、今回のように地盤の傾斜や、崩壊土の土圧を考慮して設計されません。果たして、このような地盤変状に対して設計をすることができるのでしょうか?思うに、このような地盤にあっては建築許可を出してはならないのでしょう。防ぎようがありません。


図4 地盤変状に伴う建物の不同沈下


図5 支持地盤の包絡による基礎の出現


①について、そのような地震動に対して設計はできない、との批判もあるでしょう。しかし、柔剛論争の「剛論者」であった佐  野利器博士(1934)も「土台と基礎とは緊結せず家屋が移動を生じても基礎より墜落することのない程度に基礎の幅を広くするか、又は土台の幅を広くする」ことにより、「震力の一部は土台と基礎の摩擦作用に消費されて、上部構造に伝達する量が減ずるという利点」が生じることを説かれています。建築基準法が制定されてから74年。今こそ法律を見直す時ではないでしょうか?