Webマガジン■AH!■

北陸5支所(新潟、長野、富山、石川、福井)の建築・まちづくり等に関する話題をお届け

AH! vol.84 - 2024/1《from 長野支所》

諏訪田 晴彦/信州大学工学部建築学科 教授

 今年の4月に34年勤務した国立研究開発法人建築研究所を退職し、信州大学に着任いたしました諏訪田晴彦と申します。専門分野は地震(耐震)工学(鉄筋コンクリート構造)です。
 信州大学に着任し、まだ1年にも満たないが、3年次編入試験、大学院入試、推薦入試など、いくつかの入試における面接を経験した。前職では全く経験し得なかった大変緊張感のある職務である。大学教員になると学生を通じて建築学の様々な分野に対する学習・研究意欲を熱く語る姿を目にすることができ、大変感銘を受ける。しかし、その多くは、意匠設計分野や建築計画分野に関わるものであり、残念ながら、構造分野に対してこれと同様の意欲を持った学生は相対的にかなり少ない。これは当然といえば当然のことであり、建築物の意匠や計画等に関連する部分は、人間の日常生活に密接に関連しており、必ずしも深い専門知識がなくとも、潜在意識や肌感として感受できる部分が多い。これに対して、構造(特に耐震)に関しては、100年あるは1000年に一度といった大地震の発生に伴って具現化してくるものであって、人間の感覚的には極めて非日常の事象である。これは潜在意識や肌感として感受できるものではなく、実際の経験あるいは日常的な啓発および教育によらなければならない。つまり、“大地震”や“耐震”がいかに身近のものであるかを理解し、“我がこと”としてとらえることができるか否かにかかっているのである。

 阪神・淡路大震災から10年が経過した2005年、日本の建築業界を震撼させた「構造計算書偽装事件」が起こった。この事件では、後の国会において、阪神・淡路大震災の被害との関連性にも言及が及ぶとともにマスコミでも連日放送され、国家的な大問題へと発展した。そして、偽装されたマンションを購入した方々は、その後の人生を大きく狂わされた。また、当然ながら、偽装した建築士ならびに計算書の評価機関といったいわゆる加害者側も大きな社会的責任を負うこととなり、その後の人生に多大な影響があった。この事件を受け、建築基準法の一部改正、構造計算適合性判定制度、構造設計1級建築士制度の創設など、いわゆる規制強化策が講じられたが、本質的な対策は講じられなかったと私は感じている。私が思う本質的な対策とは「耐震への意識づけ」である。もう少し具体的に言うと、「大地震は明日にも発生して、自分自身や大切な家族、恋人、友人の生命や生活を脅かすものであり、一瞬にして日常が奪われる可能性が全員にあることを意識するための啓発や教育を日常的に行うこと」である。上記の事件の加害者には、このような「耐震への意識づけ」が大幅に欠落していたと考えられる。少し言い換えると、「偽装する」⇒「地震で崩壊するかもしれない」⇒「人が死ぬかもしれない」といった想像ができなかったのであり、このような想像力の欠落をもたらしたことこそが最大の問題点なのである。

 長野県には、1847年の善光寺地震(M7.4)を発生させた長野盆地西縁断層帯(図1)をはじめ、糸魚川―静岡構造線断層帯(図2)等、政府の地震調査研究推進本部が長期評価の中でM7級以上の地震が発生する可能性を指摘している断層がいくつか存在している。昨今、相模トラフや南海トラフに起因する太平洋沿岸における海溝型の大地震がフォーカスされており、長野から見ればやや他人事のように感じるかもしれないが、上記の活断層による内陸の直下型大地震が発生すれば、あっという間に他人事では済まなくなる(写真1)。こうした「耐震への意識づけ」は長野に限らず全国で必要な活動であり、今後も継続的に「耐震への意識づけ」を長野の地から発信していきたいと考えている。


図1 長野盆地西縁断層帯(出典:地震本部、長野盆地西縁断層帯(信濃川断層帯)の長期評価(一部改正)


図2 糸魚川―静岡構造線断層帯(出典:地震本部、糸魚川―静岡構造線断層帯の長期評価(第2版)


写真1 阪神・淡路大震災で5階が層崩壊した神戸市立西市民病院(写真提供:神戸市)


※図、写真をクリックすると、提供元のサイトへ移動します。