Webマガジン■AH!■

北陸5支所(新潟、長野、富山、石川、福井)の建築・まちづくり等に関する話題をお届け

AH! vol.82 - 2023/7《from 富山支所》
秋月 有紀/ 富山大学 学術研究部 教育学系 教授

1.富山県消防学校で火災研究を始める経緯
 私が富山大学に着任して今年で16年目を迎える。それまでは生まれ育った関西から離れて生活したことがなかったので、2007年4月から始まった北陸・富山での四季豊かな単身赴任の生活はとても刺激的なものだった。初年度の冬は市内や大学構内の雪景色に何枚も写真を撮ったものである。しかし研究活動においては、同じ建築環境工学の光・視環境分野の先生方が北陸地域に殆どいらっしゃらないこともあり、関西や関東の先生方との共同研究を継続することで何とか研究に携わることができていた。富山は鉄道や航空のアクセスが良く、インターネットツール(当初はSkype、今はZoom)も活用しながら、講義は火~木にできるだけ集中させ、月・金に東京や大阪の出張で研究打合せや情報収集を行って、週末は京都自宅で過ごす、というライフスタイルを今でも継続している。
 私が主に関わっている学会は3つで、日本建築学会と照明学会と日本火災学会である。高齢者に配慮した視環境計画・火災時の避難行動・夜間景観・疾病状態の皮膚色の定量化などの研究について、これらの学会(たまに日本色彩学会も含む)で報告したり委員会活動したりしている。2015年から4年間は日本火災学会の刊行担当理事を拝命したが、丁度その頃に富山県と総務省消防研究センターの共同研究が行われようとしており、火災研究の重鎮のお一人で長きに渡って富山県の行政指導を行って下さっている室崎益輝先生にご指名頂き、2016年から5年間、富山県火災原因調査等研究委員会の委員長を担当することとなった。委員会では富山県広域消防防災センター(富山県消防学校)1)の実火災訓練施設で何度も火災実験に立ち会わせていただいたが、その期間中に科学研究費助成事業に採択(基盤研究(C) 20K04805)されたこともあって、消防学校の訓練が集中しない12月~3月の期間に主訓練塔にある迷路避難訓練室を使用させて頂く機会を得た。実はこの施設の基本設計業務プロポーザル審査に2009年に関わらせて頂いたというご縁もあった。当時の知事だった石井隆一氏が消防庁長官を務められていたこともあり、日本海側のエリアで最高の消防訓練施設を備えることを目指しており、阪神・淡路大震災復興計画の象徴的プロジェクトの一環として整備された兵庫県広域防災センター(三木市)と比較しても遜色のない素晴らしい訓練施設となっている。

2.迷路避難訓練室での避難行動研究
 国土交通省国土技術政策総合研究所設備基準研究室室長の山口秀樹博士や、富山大学都市デザイン学部堀祐治教授らと共に、迷路避難訓練室で共同研究を始めて4年目となる。富山県消防学校の関係者の皆様にも多大なサポートを頂きながら、室内の煙濃度をどのように安定させるか試行錯誤を重ね、思い通りの実験条件を整えられるようになった。広さ5m×13mの室内には1mグリッドのアングルが設置されており、パネルを自由に配置することで様々な経路を作ることが可能である。これまでは基礎的データの蓄積を目指し、1m×12mの直進通路を設定してその通路の上部や床面に様々な照明器具を配置、光源輝度や点灯パターンなどを変化させて、様々な煙濃度の環境下で歩行時間・誘導灯の視認性・前進することの抵抗感・避難経路としての許容度などの被験者実験を実施した。これらの結果は参考文献2~4をご覧いただければ幸いであるが、結果の一つを紹介する。図1は避難経路に設置された誘導灯が白煙下(煙濃度Cs=1)の中でどのように見えるか、輝度分布で表したものである。避難口誘導灯のみが点灯している場合、3m地点では誘導灯が視認できるが(左上B図、誘導灯と周辺の輝度対比0.889)、11m地点では周囲の輝度と同化して視認できない(右上A図、輝度対比0)。天井に高輝度の照明器具が点灯している場合(右下D図)、白煙で光が散乱するため避難誘導灯とその周囲との輝度対比が悪くなる(輝度対比0.286)ことが分かる。
 避難時の照明の役割は、「避難経路の形状把握」「避難経路の視認性確保」「出口への誘導」「出口の明示」「不安感の解消」である。現行の非常用照明器具が提供する床面照度1lxは「避難経路の最低限の視認性確保」であり、煙が充満した避難経路では不十分である。煙濃度が避難行動に及ぼす影響は大きく、煙濃度が濃いほど歩行速度が低下し心的負担が大きくなるが、通路誘導灯とは別の誘導用照明器具を下方に連続的に配置することで避難者を適切かつ積極的に「出口へ誘導」できる。また高濃度煙環境下でも十分な明るさがあれば、「不安感を解消」して前進し避難することができる。2022年2月22日に発生した三幸製菓火災では、シャッターの手前で4人の方が避難遅れで被害者となった。防火区画が形成されることによって日常目にしている環境が変わり、そのことで避難が困難となることを防ぐため、従来の誘導灯や非常用照明器具に加えて、積極的に避難出口に避難者を誘導する避難経路の照明設計を目指し、視野輝度分布に基づく検討を今後も継続する予定である。


図1 煙濃度Cs=1の輝度分布(全視野および誘導灯周囲拡大)


参考文献
1)富山県広域消防防災センター センター案内 
https://www.pref.toyama.jp/1930/bousaianzen/bousai/1030/c_annai.html
2)秋月有紀ほか、輝度に基づく避難経路設計に関する研究(1)煙のない直進通路における歩行時間への影響、2021年照明学会第54回全国大会3-O-05, 2021年9月
3)永谷玲菜ほか、輝度に基づく避難経路設計に関する研究(2)直進通路における主観評価への影響、2022年照明学会第55回全国大会6-Y-10, 2022年9月
4)秋月有紀ほか、煙環境下における積極的避難誘導のための照明計画、日本建築学会大会学術講演梗概集D-1、2023年9月