Webマガジン■AH!■

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AH! vol.81 - 2023/4《from 石川支所》

山崎 幹泰/金沢工業大学建築学部建築学科 教授

 谷口吉郎・吉生記念金沢建築館(金沢市寺町5)において、第5回企画展「木で創る」-その蓄積と展開-(2022年6月25日~11月27日)が実施された。
 本展においては、日本の伝統木造建築が積み重ねてきた技術の蓄積と、近年技術の発達がめざましい「新木造」の技術と作品を対比しながら、大型の建築模型や歴史資料、実物サンプルなどを展示した。


写真1 展示室の全景


 まず伝統木造の「木で建てる」コーナーでは、チカモリ遺跡の柱根(金沢市・縄文後期)や妙成寺五重塔(羽咋市)の心柱の写真などで、「柱」を建てることの意味とその技術を取り上げた。掘立柱は、原始的な宗教では神秘性を見いだし、仏教においても、五重塔はその積み重なった屋根よりも、中心に立つ心柱こそが、仏様を象徴する本体とされる。巨大な建築物においては、その屋根を支えるために、複数の木材を組み合わせ、また継ぎ合わせることで、自然の樹木を超える高さを目指す柱を作り出した。東大寺大仏殿の寄木柱などを写真パネルで紹介した。
 「木を組む」のコーナーでは、建てた柱を横につなぐ「貫」と、日本建築の深い軒を支える技術を、大型の建築模型で紹介した。戦後から現在まで、文化財の模写模造事業で精緻な建築模型が40基ほど作成された。その縮尺は10分の1で、東京国立博物館、国立歴史民俗博物館などが所有しており、一部を金沢工業大学のキャンパスでも展示している。本展ではそのうち正福寺地蔵堂、東大寺南大門、光浄院客殿の3基の模型を展示し、実物と同等の木組みの技術を見ることができるようにした。
 「木を守る」では、町家や伝統建築がどう火災に向き合ってきたのかを展示した。木造建築の歴史は、火災との戦いの歴史でもある。伝統木造建築は、木と土と石を材料としてできており、燃料でもある木を火から守るためには、土で守るしかなかった。土を焼いて瓦を造り、泥を塗って壁を造る。火災を防ぐためには、木を土で覆い隠すしかなかったが、そうした対策は城郭建築や土蔵などの建築のみに限られた。特に、生活の場である住まいは、木が見える建築であり続けた。その上で、火事に備える防火体制が整えられた。その営みを、金沢職人大学校製作の町家軸組模型と史料の写真パネルで紹介した。


写真2 伝統建築の展示


 伝統木造と新木造の間には、「都市化と木造建築」と題したコーナーを設け、近代における被災と復興、災害と対策の繰り返し、その中で都市から木造建築が失われていった経緯を写真で紹介した。
 一方、新木造の側でも同じく「木を守る」「木を組む」「木で建てる」をテーマとして、展示を行った。「木を守る」では木造の耐火性能を高めるための技術や、それらを用いた初の都市木造である「金沢エムビル」の模型を展示し、「木を組む」では木質材料の開発、構造解析の整備、加工技術の発展を魅力的な作品を通して紹介し、「木で建てる」では新しい木質材料CLTや、木造超高層建築物のW350計画(住友林業)などを、パネルと模型を用いて説明した。展示導入部の前室においても、妙成寺五重塔とW350の断面図を比較して、壁面に展示した。


写真3 前室の展示


 金沢市では、歴史・自然・文化と調和した木の文化都市の実現を目指して「金沢市における木の文化都市の継承と創出の推進に関する条例」を令和4年4月1日に施行した。伝統的な木造建築が多く残る金沢において、歴史の継承のみならず、新しい木造技術をも用いたまちづくりへの取り組みに着手したところである。
 会期中には、2回のフォーラムと関連イベントを実施した。コロナ禍の真っ最中に準備を行い、展示期間中も少なからず、その影響を受けた。そのような状況下で、本展に参加していただいた方々にとって、木造建築のこれまでとこれからを考える、良い機会になったのであれば幸いである。