Webマガジン■AH!■

北陸5支所(新潟、長野、富山、石川、福井)の建築・まちづくり等に関する話題をお届け

AH! vol.82 - 2023/7《from 福井支所》

森川 徹志/芸術専門楽群

□福井の芸術愛好団体が仕掛ける一般対象の近現代建築物ツアー
『芸術専門楽群(げいじゅつせんもんらくぐん)』は、2011年に発足した、福井県福井市を拠点に活動する芸術愛好者団体である。当団体は芸術の範囲を幅広く捉え、美術、演劇、ダンス、建築など県内で活動する表現者を取材したり、一般対象のイベントを企画することなどを通じて福井県の芸術関連情報を発信している。
さて、団体内では近年、「福井の近現代建築物へのまなざし」が盛り上がりを見せている。名だたる建築家たちが手がけた福井の近現代建築物をご存じの方も多いことだろう。しかしそうした建築物の魅力を広く知らせるイベントは、福井県においてはまだまだ例が少ない。そこでわれわれが取り組むのが、県内の近現代建築物を題材とした『福井の建築を語ろうトークツアー』と題する一般対象のイベント事業である。
本稿ではその事例として、2022年10月、福井県福井市のメトロ会館で開催した第2回ツアーについて報告する。


写真1 メトロ会館外観(福井市順化)


□高度成長期竣工のビルを借り切り、知られざる場所をくまなく探検
メトロ会館は福井市中心部の歓楽街「片町」に位置するテナントビルである。1960年に本館が、1971年に新館がそれぞれ竣工し、現在は映画館『メトロ劇場』(新館4階)や、バー、クラブなど複数の店舗が入居する。
ツアーは1回約1時間、計6回実施し、次のようなプログラムで構成した。
● ビルの歴史、メトロ劇場の成り立ち、増改築の変遷などの説明
● 映写室、屋上などの見学(普段は立ち入り禁止)
● 劇場内の壇上へ移動し、参加者に「舞台あいさつ」の気分を味わってもらう
● 舞台裏の秘密の部屋(撮影禁止、SNS拡散禁止の謎の部屋)の見学
● 竣工当時営業していたという、サウナの痕跡(3階ボイラー室)の見学
● カクテル教室に通った女性も多かったという、『サントリーパブ・ウィーン』などが入居していたテナントフロア(2階)の見学
屋外でも、参加者がそれぞれの視点でビルの様子を仔細に観察する様子が見受けられた。昭和50年代に作られたであろう手描きの看板に見入ったり、曲線美の印象的なタイル貼りのひさしを見上げ、私たちが勝手に妄想&仮説を立てた「ル・コルビュジエの建築」と同館の類似点を語ったり…これぞまさに「語ろうトークツアー」の真骨頂といったところだった。
ツアー後半では、同館の変遷をまとめた拙作スライドショーを映画館のスクリーンに投影してもらうというご厚意にも恵まれた。約1時間のツアー終了後ロビーに留まった参加者も多く、図面や書籍など、本イベントに合わせて収集した資料をネタに建築談義や映画談義に花を咲かせていた。


写真2 かつて『サントリーパブ・ウィーン』があった同館2階。同じフロアにスナック『スイス』もあり、ウィーンとスイスが同居していたという粋な取り合わせ


写真3 ファサードを説明中。みなさん興味津々


□50年前の手書き図面を発見。館主も知らない事実が明らかに
同館の館主や劇場支配人によると、同館の建築そのものに着目した持ち込み企画は初めてだったという。関係者にとって日頃仕事をしている「日常の風景」であり、今だから明かせるが、企画を持ち込んだ時点では「建築的価値と言われても、ピンと来ないですねえ(笑)」といった反応だったのである。
そこでわれわれは粘り強くメトロ会館を知る人に取材を重ねたり、可能な限りの文献を探して、「片町」を含む福井市の繁華街の歴史を調査した。調査結果はメトロ会館の歴史としてB3判のリーフレットにまとめ、参加者に特典として配布した。作成に当たって、同会館の設計者である故・仙坊光男氏(株式会社センボー建築事務所創設者)の手書き図面を入手することもでき、リーフレット片面にあしらったところ思いのほか好評だった。
参加者は、建築好き、美術好き、映画好き、メトロ会館(メトロ劇場)に思い入れのある人、大学教員、研究者…と多岐にわたりおおいににぎわった。企画持ち込み当初、「ピンと来ない」と話していた館主も参加者との交流を通じて、「メトロ会館という場」に愛着を寄せる人たちが想像以上であることを感じてもらえたのではないだろうか。


写真4 同会館の館主や急逝した前館主の奥様、センボー建築事務所などの協力を得て情報もりもりのリーフレットが完成


□建築物に刻まれた「まちの記憶」を記録するメディアの必要性を実感
イベント後に改めて感じたのは、建築物に刻まれた「まちの記憶」を「記録」するメディアの必要性である。メトロ会館のような高度成長期の建築物が古民家のように保全対象となるケースはそう多くない。ある日突然解体され、まちの記憶が断絶してしまい、「あそこに何が建っていたんだっけ?」と思い出せないこともしばしばだ。文字、図、写真などを用いて建築物の歴史やそれに関わった人たちの存在を知らしめることが、われわれが企画する建築ツアーの意義であると考える。
著名な建築家が作った建築物や、高名な研究者に学術的価値があると評価された建築物だけが、良い建築であるとは限らない。これからも、メトロ会館が多くの人たちに愛される、まちの記憶の刻まれた建築物として、福井有数の歓楽街である「片町」に存在し続けることを望みたい。


写真5 メトロ劇場内での展示の様子


□「福井の建築を語ろうトークツアー」の運営に協力してくださった皆さんへ
当初半信半疑ながらも、われわれの企画にお付き合いくださったメトロ会館の皆さん、50年以上も前の図面を大切に保管してくれていたセンボー建築事務所の皆さん、そしてイベントに集まってくださった参加者の皆さんにこの場を借りて感謝申し上げます。