Webマガジン■AH!■

北陸5支所(新潟、長野、富山、石川、福井)の建築・まちづくり等に関する話題をお届け

AH! vol.81 - 2023/4《from 福井支所》

清水 俊貴/福井工業大学建築土木工学科准教授
山田 寛/一級建築士事務所 LoHA 

 福井県勝山市に、昨年9月にオープンしたスカーフ&ライフスタイルショップNimbus(ニンバス)。勝山市には建築家磯崎新が設計した2軒の住宅がある。そのうちの1軒について住宅から店舗へと改修設計(我々はチューニングと呼ぶ)を行ったものである。


改修後道路立面


 元の住宅は、もう一軒の磯崎新設計の住宅である中上邸(非公開、1983年竣工、GAHOUSE14号掲載)を訪れて、その空間に魅せられた当初のオーナーご夫妻が磯崎新に設計を依頼、基本構想が固まりつつあった段階で、元所員である伊東孝が設計を引継ぎ1986年 に竣工した。新建築住宅特集87年3月号に「勝山の住宅」として掲載されている。一昨年、店舗使用を前提に現在のオーナーがこの建物を取得した。


 この建築の打放しパネルには525のセパ穴割付を優先して2100㎜*1050㎜のパネルが用いられている。断面方向もこの1050モジュールを基準に階高が割り付けられている。
磯崎新ともう一人の設計者である伊東孝は、磯崎アトリエ在籍時につくばセンタービルの担当者だったという。この空間にはつくばセンタービルと同じ1050グリッドが用いられている。

 コンクリート躯体の中に組み込まれた様々な表情…天井のドームであったり、白い大理石のモノリスであったり、アルカイックな開口部であったり…を感じ取るために、厳密なグリッドが設定されているとも言える。日本人にとり馴染み深いスケール(910*1820)よりやや大きなスケールを用いることで、身体的な感覚とずれた、自立した幾何学形式が優位に立つことが意図されていた、と言えまいか。身体性に先立つ、幾何学性の優位。強い幾何学の構成、躯体の強さの下で、何をするべきか。 何にしないでおくべきか。その見極めから「ニンバス チューニング」プロジェクトが始まった。

 まずはコンクリート躯体の可能な限りの保護に努めた。屋上防水や排水ルートの改修、打放しコンクリートの補修及び表面コーティングの再塗装を行った。また幾度もの設備工事によると思われる配管が無数にあったため、いらない配管撤去を行った。


改修工事中のニンバス


 インテリアについて、既存の磯崎建築の強い形式性を持つ打放しコンクリート躯体(1050mmグリッドや天井ドーム)を「天」、その下での人の営みを「地」に見立ててみた。天と地の間でスカーフや雑貨達が、雲の様にふわふわと漂うような、やわらかい可変性を持つ臨機応変な商品展示(組み換え可能な大きなテーブル、吊りワイヤー用の壁に設置した丸環)を意図した。既存什器カウンターの塗り替え、床の張り替え、新たな什器の仕上げ等に、既存躯体とスカーフ等の商品が共存するよう表面のチューニングを行っている。打放しのパネル割りにも用いられた1050グリッドの写しとして什器寸法を設定した。天板表面にはスカーフを引き立たせ、かつコンクリート躯体も引き立たせる素材として、軽さと硬さを感じる、ホワイトとシルバーのメラミンを使用している。また人の手に触る、座る、身体的スケール感を感じる箇所には経年劣化しやすいラワンベニヤを用いた。硬いグレーのコンクリート壁と柔らかいタイルカーペットの床の間にあるカウンターの扉には、相反する質感を調停するスピーカーサランを用い、また対面に立つ大理石の壁の質感とも向き合うこととした。表面のチューニングを通じて、硬さと柔らかさが同居した建築が生まれた。


自由な什器


 我々が大切にしたことは建築を「リノベーション」するのではなく、チューニングを合わせるように設計をすることである。そもそも建築は時代に合わせて最適なチューニングをなされて設計されていると言える。しかし、時代を重ね、所有者が変わり、用途が変わると、当然のことながら当時の最適なチューニングからズレが生じる。そのズレをそのまま生かすのか、改修するのかという作業を一つ一つ選択し、チューニングし直したのがこのnimbusである。

 一見すると何も変わってないと言えるし、ガラリと変わったとも言える。この「変わっているようで変わっていない」という感覚こそが、チューニングという行為の醍醐味である。そもそもチューニングという行為は、些細な変化をもキャッチする行為が求められる。よってチューニングするということは、物事に敏感で、些細なことを観察するということである。チューニングという手法は、コンセプトありきの建築手法とも違うし、今までの「リノベーション」という手法とも異なる。チューニングは、その都度コンセプトが流動的に変化し続け、それにより付加価値も変化し、その変化に機敏に反応し、カスタムしていくことである。

 この建築に様々な公共性を持たせること。1050mmという大ぶりなグリッドにより部屋という単位を超えた公共空間という単位を備えること。個人住宅という機能から店舗という機能へと代わることで、他者からも必要とされる公共性を備えること。そしてドームという形態の持つ宗教的な包容力を備えた公共性をもともと備えていること。これらの様々な公共性は、個人の想いを超えた持続性が生まれるきっかけであり、生きられた建築になるための下地のようなものだと考えている。この店舗が店舗として開かれることで、磯崎新の空間を体験する貴重な場となることを願う。


天と地


店舗内観