《長野》碌山館のリニューアルについて
AH! vol.81 - 2023/4《from 長野支所》
銭谷 脩/信州大学大学院総合理工学研究科工学専攻修士課程(羽藤研究室)修了
□はじめに
2022年12月、長野県安曇野市穂高にある碌山美術館の修繕工事が完了しました。そこで今回工事を終えた碌山館(写真1)の建物概要と修繕内容について紹介します。
□碌山館について
碌山館は碌山美術館敷地内に現存する登録有形文化財です。設計者は今井兼次(1895-1987)であり、彫刻家荻原碌山の作品を保全することを目的として1958年に落成しました。建設の際には29万9100余人から寄付金が集められ(写真2)中学生らが煉瓦や瓦を運んだ他、現在も隣接する穂高東中学校の生徒が掃除をするなど多くの人によって支えられ続け、背景に連なる北アルプスの山々とともに安曇野のシンボルとして愛されています。
□碌山館と今井兼次
今井兼次は近代日本建築界を代表する建築家の一人であり、日本二十六聖人殉教記念館(1962)や桃華楽堂(1966)を設計するなど、モダニズムの傾向とは異なる表現を続けました。建築家であると同時に彫刻にも精通していた今井は、碌山館の設計において彫刻家の笹村草家人や基俊太郎らとともに制作にあたり、天使型のドアノブや不死鳥の避雷針など様々な芸術を建築の一部に組み込みました。
計画の骨子には、⑴碌山の精神的な支えとなったキリスト教の表示、⑵明治時代の作品を収納するにふさわしい明治時代の建築様式、⑶信州特有の厳しい気象に耐える構造の3つがあり、これに対し今井は線対称の構成を基本とした北欧教会風の建築を構想することで応えました。
碌山館には外壁の焼過煉瓦、薔薇窓、尖塔などいくつかの特徴的な意匠が見られます(写真3,4)。ストックホルム市庁舎を彷彿とさせる焼過煉瓦は一つ一つの色や形がすべて異なり、アーチ状の開口を伴う壁面を形づくっています。また十字の模様が入った薔薇窓は今井自身がガラスに油絵具で塗装するなど、平面構成のシンプルさとは対照的に細部の表現への強いこだわりが見られます。
□修繕について
碌山館の修繕工事は、約30年前の瓦の葺き替えや外装煉瓦の補強を最後に行われておらず、雨水の浸入が起こるなど修繕が必要な状況でした。工事費の確保のため、2022年7月より700万円を目標としてクラウドファンディングが行われ、最終的には2370万円の支援金が集まり、11月に工事が開始されました。
修繕の対象としては、雨漏りの他、雨水による内壁の塗装のはがれ、雨樋の老朽化などが挙げられます。また、窓のフレームは水色に塗り直され、建物南側及び西側の扉は開館当時の写真をもとに6つの白い枠線が加えられました(写真5)。
□おわりに
今回の工事においても建設当時と同じ様に多くの人の手によって修繕がなされました。碌山館は1950年代当時の今井の建築思想や表現を窺い知る上でも、重要な遺構であり、美術館敷地内に残るグズベリーハウスなどとともに、永く保存・活用されていくことを期待したいと思います。
協力:碌山美術館
参考文献:『碌山美術館誌』,碌山美術館,1978.4
参考ウェブサイト:碌山美術館ホームページ http://rokuzan.jp/
クラウドファンディングサイト https://readyfor.jp/projects/rokuzan2022
写真撮影:木村勇貴