Webマガジン■AH!■

北陸5支所(新潟、長野、富山、石川、福井)の建築・まちづくり等に関する話題をお届け

AH! vol.78 - 2022/7《from 長野支所》

佐倉 弘祐/信州大学工学部建築学科 助教

□ 空き庭の増加と課題
空き家の増加は、我が国における重要な社会問題の一つとして周知されているが、空き家に付随する庭(以下、空き庭)の増加が引き起こす社会問題については、あまり知られていない。しかしながら空き庭の放置は、地域の景観の悪化に繋がったり、害虫被害を増大させたり、看過できない諸課題を引き起こす。
 空き庭リノベーションの先進事例としては、「2020年度住まいとコミュニティ活動助成団体」に選定されたNPO法人一期一会「神奈川県伊勢原市・厚木市郊外戸建住宅地のロータリーエリア(中心部)活性化と空き庭の菜園利用による住宅まちづくり」や「平成28年度世田谷らしい空き家等地域貢献活用モデル事業」に採択された「ふくふくのいえ」などが挙げられるが、これらの事例は空き家件数の多い大都市に集中する。本稿の事例「まち畑プロジェクト」の位置する長野市は、地方都市であり、空き家件数は大都市ほど多くないものの、空き家率は15.5%と全国平均の13.6%を大きく上回る(平成30年住宅・土地統計調査)。空き家率が高いということは、生活圏内で空き家・空き庭を目にする頻度が高いということであり、市民の日常生活に及ぼす影響は大都市よりも深刻かもしれない。

□ まち畑プロジェクトについて
 「まち畑プロジェクト」とは、信州大学佐倉研究室が主体となり、長野市内で増加する空き庭を、畑を中心とした学生と地域住民との交流の場「まち畑」に転用する社会実験であり、長野市善光寺門前界隈の3ヶ所を対象にしている。
 第1弾は2016年に始まった「すけろくガーデン」である。築100年を超える空き家の減築と、それにより拡張された空き庭(畑)を一体として整備することにより、空き家リノベーションの新たな可能性を提案している(写真1)。第2弾の「ラ・ランコントルの裏庭」では、レストランに隣接する空き庭を畑にすることにより、「レストランからの生ゴミ-堆肥化-野菜栽培-食材としての利用」といった食物循環の創出と来店客を喜ばせるおしゃれな畑を目指している(写真2)。そして第3弾は、畑として活用するだけでなく、ヤギを飼うことから生まれる地域との交流の場の創造を目指す「ヤギのいる庭」である。畑の除草と肥料づくりを目的として始めたヤギの飼育であったが、気が付けば近所の子供たちからお年寄りまでもがヤギの世話をしに集まるセミパブリックな空間となっている(写真3)。


写真1 すけろくガーデン


写真2 ラ・ランコントルの裏庭


図3 ヤギのいる庭


□ まち畑プロジェクトにおけるリノベーション手法
 まち畑プロジェクトが他の先進事例と異なる点として、場所/敷地/地域という異なる3つのスケールとの繋がり方からランドスケープデザインを導き出していることが挙げられる。以下に、「すけろくガーデン」を例に、スケール毎の繋がり方ついて説明する。
○場所との繋がり方
 空き庭の奥、最も高い場所には、所有者の子供が生まれた年に植えた梅の木が3本等間隔に並んでいる。樹齢60年を超えるこれらの3本の樹木をシンボルとして捉え、樹木を痛めない形でデッキを設置した。
○敷地との繋がり方
 空き庭に隣地する空き家(平家)のリノベーションを空き庭リノベーションと並行して行った。傷んでいた瓦を全て外して、畑の囲いやピザ窯の土台として転用した。また庭に接する下屋を減築してデッキスペースにすることで、空き家の通風と採光が改善され、更には、空き庭の作業時の休憩スペースになった。
○地域との繋がり方
 2020年から近くに位置する就労支援センターの生徒と協同で畑作業を行っている。崖際の視認性の低い立地だからこそ、生徒も周囲を気にせずに作業に専念できるようだ。空き庭の立地条件によっては、開放的にせず、敢えて閉鎖的にすることで担える役割も存在する。

□ 空き庭のリノベーションから見据える地域ビジョン
 空き庭リノベーションは、空き家よりも着手し易く短期間で目に見える形での変貌が期待できる。空き庭リノベーションから着手して、所有者の信頼を得てから隣接する空き家リノベーションに繋げることも可能だろう。場所/敷地/地域との繋がり方を考慮した空き庭リノベーションが増えることで、空き家・空き庭が増え続ける人口減少時代においても、地域固有の文化や自然を継承した「豊かな地域」になり得るのではないだろうか。