《新潟》建築設計事務所が図書館を始める
AH! vol.78 - 2022/7《from 新潟支所》
東海林 健/東海林健建築設計事務所 代表
筆者が主宰する東海林健建築設計事務所は2022年2月に設計事務所に併設させた「異人池建築図書館喫茶店」を開館させた。
当事務所は2004年に旧造船工場の原図場をシェアオフィスにリノベーションし入居。当時より設計事務所と地域との関わりや、設計事務所の新しい形や働き方を模索してきた。
□ 日曜限定「異人池けんちく図書館」の開館
2016年に事務所を中心市街地の一画、通称「異人池」に移転。近所の小学校で建築の授業を行ったことがきっかけで、子供時代から建築に触れる場、学ぶ場の必要性に気づく。2020年、ちょうどコロナ規制が始まり、遠くに遊びに行けず、みんなが近所の拠所を探し始めた頃、日曜限定で事務所を開放し、「建築をもっと身近に」をテーマに「異人池けんちく図書館」を開館(写真1)。模型教室やVR体験、気まぐれコーヒーの提供を行うと、建築模型や建築書籍を目的に、お一人様や親子がよく来館し、所員が設計業務を行う同じ空間で、ゆったりとした時を過ごしていた。
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写真1 「異人池けんちく図書館」開館フライヤ
□ けんちく図書館を町の日常に ー「異人池建築図書館喫茶店」の開館 ー
2022年事務所拡大のため隣室を借り、そこを設計事務所だけでなく、それまでに開催してきた図書館の機能を拡充し、喫茶店、コワーキングスペースを複合し「異人池建築図書館喫茶店」を開館。空間は県産杉を素材とした360箱の本棚、信濃川の砂利を素材とする人研カウンター、センターキッチンから成り、本棚の一部には黒ガラスを嵌め込み、窓から飛び込む新潟の風景を映している(写真2.3)。日曜日だけでなく平日も10:00〜21:00に開館し、38席あるスペースは事務所のワークスペース、喫茶店の客席、図書館利用席、コワーキング席としてシェアすることで、いつでも思い思いに使える公園のような公共性を目指した。キッチンにはテナントとして自家焙煎の喫茶店を誘致し、本棚の内60箱は本棚オーナー制を採用し、60人(個人50、法人10)のオーナーを月額¥2000/1箱(法人は¥5000)で募集した。現在、個人の本棚50箱は全て埋まり、2名のコワーカーが在籍し、喫茶店は事務所の社食堂としても活用。日々色々な行為や思いがここで混ざり始めている(写真4 .5)。
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写真2 館内写真 新潟県産杉の本棚とテラゾ仕上げのカウンター
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写真3 館内写真 黒ガラスに新潟の風景が映り込む
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写真4 館内写真 いつもの昼下がりの図書館
□ 本を介した新しいつながり
一箱一箱を本棚オーナーが作るこの新しい図書館は、従来の図書館や本屋さんでの本の分類や配列とは異
なり、来館者はオーナーの個性を求め館内を散策し、「本」そのもの以前に「本棚」を覗き見ることを楽しみ、結
果、普段なら手に取らない本との出会いを生む。毎週本の入れ替えを楽しむオーナー。感想ノートを設置し、
返信を書くことを楽しみに頻繁に来館するオーナー。また「コーヒーのお共にはこの本を」「コーヒーを飲みなが
らこのおもちゃで遊んで欲しい」「建築の手始めにはこの本を」など、自身の「本棚を育てる」ことを越えて館全
体のことも意識しこの「場所を育てる」ことを楽しんでいる(写真6 )。
また、建築専門図書館であった以前とは違い、オーナー本棚が加わることで蔵書のジャンルも拡張し、来館者
と建築との出会いがより偶然性を帯び、すなわち建築との出会いをより日常に出来ているように思う。
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写真6 個性が彩るオーナー本棚
□ 開館から現在
開館から3ヶ月が経過した現在、平日は40名程度、週末は100名程度の来館がある。事務所のスタッフは模型作りや思考をめぐらす際には図書館を利用している(写真7)。来館者にとっては、眼前で模型が出来ていく様を見るのは楽しいだろう。スタッフにとっては夜遅く孤独に篭ることが多かった設計業務を沢山の来館者に開き見せることは誇らしいだろう。また、図書館では模型作りを体験することも出来、一般の方が添景作りを手伝ってくれている(写真8)。
新潟開港後、沢山の外国人が暮らし混ざり合うことで新しい文化を育んだここ異人池にて、この図書館はまさに汽水域となり、設計事務所と町を、建築と日常を混ぜ始めている。
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写真7 図書館で模型を作る設計事務所スタッフ
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写真8 模型作りを楽しむ喫茶店のお客