Webマガジン■AH!■

北陸5支所(新潟、長野、富山、石川、福井)の建築・まちづくり等に関する話題をお届け

AH! vol.77 - 2022/4《from 福井支所》

市川 秀和/福井工業大学建築土木工学科 教授
朝日 海秀/福井工業大学大学院 修士課程2年

□ 福井の建築論研究会について
 2013年11月10日に建築論フォーラム「福井の地から建築史・建築論を考える」を開催した機縁から発足した「福井の建築論研究会/代表・市川秀和」は、その後も本学会「建築文化週間」や支所「越前・若狭の建築文化探訪」の企画行事にも位置づけながら、地元に根差した建築史・建築論をめぐる多様なテーマを毎年設定して講演シンポジウム・発表会・見学会等を実施し、県内外から毎回20人前後の参加者を得て、すでに全9回に及ぶ地道な活動を続けてきた。なお各回の活動内容については、本学会誌の「建築雑誌」や地元の福井新聞・建設工業新聞等で報告している。
 そして最近の2020年度・第8回から2021年度・第9回(写真1)においては、戦後福井の建築都市史(写真2)に着目して、「福井市の戦後復興の歩み」や「福井県戦後建築史とDOCOMOMO Japan」を具体的なテーマとして現地見学会も合わせて企画し、発表者と参加者間での議論を始めるとともに、福井工業大学市川研究室が中心となって本格的な調査活動に着手した。


写真1 第9回 福井の建築論研究会2021.12.11


写真2 地震直後の福井市中心部1948.7.

□ 福井県戦後建築史の調査活動
 県都の福井市は「戦災都市」と呼ばれる全国115市町村の一つであるが、1945年7月の敗戦末期の大空襲に加えて、続く1948年6月に大地震が追い打ちをかけ、その中心市街地は僅か3年余りで2度の壊滅的な廃墟となり、全国的にみて極めて特異な復興期の建築都市史を有するに至った。
 そこで地震直後からの福井市復興都市計画事業では、44mの駅前大通りとこれに直交するフェニックス大通りの新設など街路計画や、防火対策としての防災建築街区の新設、上下水道改良事業、公園緑地・墓地計画等が実施され、今日の都市骨格が形成された経緯を現在調査中である。
 また同時に復興期の地元建築界を先導した建築家・五十嵐直雄(1915~1987:写真3)については、有名な建築家の丹下健三や大江宏らと東大同期生として多方面で活躍し、のちに福井大学学長になった人物であるが、地元でも忘却されつつあることから、五十嵐の主要作品・論文等を一つに纏めた研究資料『建築家・五十嵐直雄と真壁の意匠』(全62頁:2019、図1)を編集刊行した。
 さらに福井県戦後建築史の全貌を詳細に把握するためには、五十嵐直雄以外の地元建築家や官庁建築課の技師等をつなぐ福井高等工業学校・福井大学のネットワークを見据えつつ幅広く調査対象としなければならない。そこで1952年創設の福井県建築士会の機関誌(創刊号1952~第26号1975)に掲載された県内各地の建築作品情報(338件)を抽出し、今後の研究活動にとって不可欠となる基礎文献として『研究資料 福井県戦後建築史』(全96頁:2021、図2)を編集刊行した。


写真3 五十嵐直雄(1915~1987)


図1『建築家・五十嵐直雄と真壁の意匠』2019


図2『研究資料 福井県戦後建築史』2021


□ 建築家・五十嵐直雄の「福井神社1957」
 こうした福井県戦後建築史の調査活動から、その全体像が徐々に浮かび上がってきたのであるが、戦後福井の復興を最も象徴する五十嵐直雄の代表作「福井神社」は、最も注目に値する。
 1943年に幕末の藩主・松平春嶽を祀る最後の別格官幣社として福井神社は、城址内堀に沿った敷地に総ヒノキ造りの社殿で創建されたが、空襲と地震で完全に消失した。そして戦後復興事業が落ち着いた1955年頃、市民の祈りと安らぎの場を求めた当時の熊谷太三郎市長が再建に着手し、その設計担当の五十嵐直雄が、独自の幾何学的構成手法(真壁の意匠)から神明造の伝統様式を革新し、全国初のRC造陸屋根の神社建築が1957年に竣工した(写真4・5)。なお境内全てのRC造社殿が並び立つまでに約10年を費やした福井神社の建築群は、福井市中心部に現存する戦後モダニズム建築として最も重要で見応えのある作品と言える。


写真4 福井神社・大鳥居と境内全体


写真4 福井神社・拝殿


□ DOCOMOMO Japanとモダニズム建築の文化財的価値
 2015年から始まった文化庁の「近現代建造物」全国調査では、モダニズム建築の国際学術団体として広く知られたDOCOMOMO Japanとも連動して、既に神奈川県・静岡県等の成果を生み出している。また近年の文化財保存活用大綱・地域計画を踏まえて、従来の文化財全般のリビング・ヘリテージによる保存再生デザインがいっそう進展する今後、RC造を中心としたモダニズム建築の文化財的価値を広めて定着させるための地道な努力が、全国各地域で急務ではなかろうか。
 そこで最後に2022年の秋季、第10回目を迎える「福井の建築論研究会」では、地方都市におけるモダニズム建築の課題と展望をテーマとして、講演シンポジウムや見学会を予定している。