Webマガジン■AH!■

北陸5支所(新潟、長野、富山、石川、福井)の建築・まちづくり等に関する話題をお届け

AH! vol.61 - 2018/01/09《from 富山支所》

萩野紀一郎/富山大学芸術文化学部 准教授

□「たてもの探偵団」史上最大の参加者
富山支所では毎年、建築文化週間の活動として、子供や学生と建築や地域の魅力を学ぶ「たてもの探偵団」を実施してきた。今年度は2017年9月30日(土)、建築家で東京大学名誉教授の大野秀敏先生をお迎えし、大野先生がこれまで40年近く設計に関わってこられたYKK関連施設を中心に、他の設計者の作品も含めて見てまわった。好天にも恵まれ、「たてもの探偵団」史上最大、大野先生を含めて47人もの参加者で、大型バスを貸切り、20ほどの建築や庭園を見学した。

□前沢ガーデン
まずは、前沢ガーデンハウス(1982年、槇文彦設計)を見学。大野先生が槇総合計画事務所時代に設計から現場監理まで担当された建物で、大野先生から、建物コンセプトからアルミサッシや屋根のディテール、照明器具などの解説を伺った。築35年と思えない斬新なデザイン、メンテナンスが行き届いたクオリティーに驚かされた。
広大な芝生の庭を歩き、大野先生設計の円劇場(1989年)を見学。アースワークともいえる作品であり、古代ローマの屋外劇場のような力強い空間であった。
次に桜花園(2008年、杉浦榮設計)を見学。この庭園は黒部に自生するヤマザクラやシダレザクラを始め、開花時期の異なる様々な種類のサクラ75本が植えられ、水盤や花見石などサクラを見るための様々な仕掛けが施された庭園である。


写真1 前沢ガーデンハウスにて大野先生の解説を伺う

写真2 前沢ガーデンハウスの広大な庭園。けんちく探偵団日和に感謝。

写真3 アースワークのような前沢円劇場。

□パッシブタウン
次に、YKKが自然エネルギーの活用とエネルギーへの依存を抑えた集合住宅と商業施設によるまちづくりのモデル的なプロジェクト、パッシブタウンを訪問。社員でなくても住める一般の集合住宅であり、社内に寮をつくるのではなく、街に住宅をつくりそこに社員が住むという、企業が街へ飛び出し、まちづくりの一役を担っていくという考えが具体化されたものである。
今回は、第1期街区(2016年、小玉祐一郎設計)は外観のみの見学だったが、第2期街区(2016年、槇文彦設計)、第3期街区(2017年、森みわ設計)は、YKK担当者の案内で住戸内も見学した。また、アジアや中東からの訪問者・滞在者へ対応できるように併設されたハラール料理のレストラン、パッシブ・キッチンでランチをいただいた。
幸運なことに、今年度、日本建築学会文化賞を受賞されたYKKの吉田忠裕会長と偶然出会い、パッシブタウンをはじめとする試みについて話を伺うことができた。


写真4 パッシブタウンで、YKKの方や大野先生から説明を伺う。

写真5 パッシブタウン内のパッシブ・キッチンで、YKKの方や大野先生から説明を伺う。

写真6 パッシブタウンで、偶然、YKKの吉田忠裕会長に会い、環境建築への思いを伺う。

□YKKセンターパーク
その後、バスで移動しながら、大野先生設計のYKK健康保険センター(2008年)、YKKファスニング工場(2001年)、YKK正門(1999年)などを見学し、やはり大野先生の改修設計による丸屋根展示館(2008年)を見学。これはYKKの黒部地区では最古のファスナーの基布紡績工場(1958年)の再生プロジェクトで、コンクリートの丸屋根を残して構造補強を行った、YKKの技術や歴史、創業者の理念などを展示や、カフェやショップが併設され、一般公開されている。


写真7 1950年代建設の工場を再生したYKK丸屋根展示館。

□K-Hall、K-Town
さらにバスで移動中、YKK堀切寮(1999年、末廣香織設計)、YKK黒部寮(1996年、ヘルマン・ヘルツベルハー設計)を見学し、大野先生の最新作品であるK-Hall(2017年)、K-Town(2016年、2017年)を見学した。
K-Hallは、黒部駅前ロータリーに面して建ち、K-Townの居住者の共用施設であると同時に、一般市民に開放された建物で、1階にはコンビニ、カフェ、2階には多目的スペースが設けられている。
K-Townは、100ユニットの単身寮であり、2~4ユニットの各棟が、プライバシーを保たれるように自由な角度に分散配置されている。AB街区はRC造スケルトンにパネルがはめ込まれ、C街区は木造で2階の床レベルがスキップし、1階の天井の高さに変化をもたらしている。分棟タイプなので、各ユニットの外は共用部ではなく、そのまま街につながる外部空間となっている。


写真8 黒部駅前に今夏竣工したK-Hall。内部のスギパネルのディテールの説明を聞く。

写真9 黒部駅前の公園のような緑地内に分棟して建つK-Townの一角で集合写真。

□YKK滑川寮
最後に、大野先生が20年以上も前に設計したYKK滑川寮(1994年)を訪れた。150部屋の独身寮で、方形平面の四辺に各部屋が並び、中央には食堂や浴室などの共用部が配されている。各個室は、内側を巡る外部廊下に面して大きな開口が設けられた居間的な空間が配され、いわゆる玄関がなく、ベッドはプライバシーを確保するようにメゾネットの上部、各個室の外側に水回りが配され、コミュニティに対する野心的な提案をもつ建物である。受け入れられる人には大変な人気であるが、ライバシーを優先する最近の若者には、開口部に簾をかけて、閉じこもりがちな寮生もいるという。


写真10 YKK滑川寮。コミュニティーの場も兼ねる中庭に面した共用廊下を巡る。

□街へとびだす企業、建築家の蓄積
以上、朝9時から18時まで、実に充実した「たてもの探偵団」であった。
ひとつの企業が、建築家とともに丁寧にひとつひとつの建物をつくり、大切に使い続けていることを目の当たりにし、また、敷地内に留まらず、積極的に地域や街へ飛び出していく姿勢に大いに感動させられた一日であった。
また、大野先生には、約40年近くにわたり富山へ通われ、これだけ多くの素晴らしい建築をつくり続けられたことに、建築の関わるものとして最大の敬服の念を抱く次第である。
最後に、遠方から講師に駆けつけていただいた大野秀敏先生、土曜日にも関わらず各建物の見学の段取りから案内をしていただいたYKKの方々に心より御礼を申し上げたい。