Webマガジン■AH!■

北陸5支所(新潟、長野、富山、石川、福井)の建築・まちづくり等に関する話題をお届け

AH! vol.69 - 2020/01/10《from 新潟支所》

涌井 将貴/新潟工科大学工学部工学科 講師

□ IoT技術を活用したひずみのモニタリング
近年、実際の建物を対象としたモニタリングが注目されており、実施例も増えてきています。これらの実施例の多くは、加速度応答の計測により、建物の固有振動数やモード性状、減衰、変位などを推定することが目的であり、建物全体の応答挙動や振動性状の把握には有益です。一方で、個別の構造部材の性能や損傷を評価するためには、加速度計測のみでは限界があります。鉄骨骨組構造物の振動台実験によれば、梁端部のフランジが破断した状態であっても、固有振動数や減衰に変化が生じなかった例が報告されおり、振動数に変化が生じていない、あるいは生じてもわずかな変化であった場合でも、部材の破断といった甚大な損傷が生じている可能性が指摘されています。
そこで、部材ごとの損傷を検出するために、ひずみの計測が考えられますが、実建物を対象とした実測例はほとんどありません。加速度計測と比較して、ひずみ計測が実施されていない原因の1つとして、ひずみの動的計測装置が非常に高価であることが挙げられます。本研究では、IoT技術の発展により実現した安価で高精度なひずみゲージ・ひずみアンプを用いることで、従来と比較して1/100~1/10程度の極めて低コストでの計測を目指しています。
□ 実建物におけるモニタリングの実施
本研究の目的は、加速度計測だけでなく、ひずみ計測も実施することで、建物の固有振動数、構造部材の剛性、曲げモーメント分布を把握し、地震や積雪等による固有振動数や曲げモーメント分布の変化から、構造性能の把握や地震時の損傷度、適切な雪下ろし時期の意思決定支援といった有益な情報を、建物の管理者や利用者に対してリアルタイムで提供することです。
計測対象とした建物は、新潟県内のコミュニティセンターの鉄骨造体育館です(写真1)。こちらのコミュニティセンターでは、体育館が併設されており、平時はスポーツ活動などに、災害時には避難所として使用されています。なお、本研究で実施する実建物の構造ヘルスモニタリングは、一般財団法人新潟県建設技術センターによる助成を受けており、東京大学伊山潤准教授、雪氷防災研究センター本吉弘岐主任研究員との共同研究として実施しています。


写真1 コミュニティセンター外観

加速度センサやひずみアンプを、マイクロコンピュータと組み合わせた計測ユニットを製作し、ネットワーク上で加速度とひずみの動的データを計測しています(図1(a))。計測結果の1例として、2019年12月4日19時35分頃に栃木県を震源とした地震の際の計測データから得られたフーリエ振幅スペクトルを図1(b),(c)に示します。図より、ひずみと加速度のスペクトルはどちらも4~5Hz付近で卓越振動数となっており、良好な計測結果が得られています。


図1 計測システム概要および計測結果例

□ 今後の展開と可能性
前述したように、実建物におけるひずみ計測が実施された例はほとんどありません。そういった現状で、地域の施設として活用されている、体育館のモニタリングを長期間にわたって実施できる機会をいただけたことは大変ありがたいことです。現時点では、計測装置の耐久性、計測システムの安定性、計測位置の最適化など課題も多くあります。しかし、今回の計測によって問題点を抽出・改善し、安定した計測システムが構築できれば、高い実用性が期待できます。鉄骨造体育館などの大空間構造物は避難所としての使用されるため、避難者に対して避難所の安全性を担保することができるようになればと考えています。